AIで作った画像や動画は、なぜ嫌われることがあるのでしょうか。作品の出来がよくなれば、その反発はなくなるのでしょうか。
AIを扱うサイトを運営している私は、XでAI作品への厳しい反応を見かけるたびに、この疑問を感じていました。便利さや楽しさを感じる一方で、長く絵を描いてきた人の気持ちを考えると、簡単に割り切れません。
人は完成品とともに、それを作った人や、積み重ねてきた過程も見ているのかもしれません。
AIへの反発には、過程への思いのほか、学習元への疑問や好みの違いも重なっていそうです。
実際の対話をもとに、ChatGPTで構成・文章を作成しています。発言は誤字・句読点・改行を整えた抜粋です。引用内の強調は本記事によるものです。
作品の向こうに、「作ってきた時間」がある
最初に思い浮かんだのは、時間をかけて絵を描いている人の姿でした。何度も練習し、失敗し、少しずつ自分の表現を育ててきた。その隣で似たものが短時間で作られたら、複雑な気持ちになるのではないかと思ったのです。
例えば頑張って絵をかいて投稿してる人がいたとして。その隣ではものの数分で作られてるのを見れば落ち込むし、妬みたくなるのもわかります。
描く技術や、試行錯誤した経験は、その人の中に残ります。でも、周囲から「似たものならAIですぐ作れる」と言われたら、「ここまで描けるようになるために費やした時間は、どう受け取られるんだろう」と感じるかもしれません。
対話の中で、私は「今まで頑張ってきたことが時代に淘汰される」と表現しました。でも、考え直すと、努力した経験そのものが消えるわけではありません。怖いのは、その努力が周囲から評価されなくなることや、仕事につながらなくなることなのだと思います。
完成品を速さや安さだけで比べる場では、制作の過程は見えにくくなります。自分が大切にしてきたものが、軽く扱われたように感じる人もいるでしょう。その気持ちを「新しい時代を認めたくないだけ」と片づけたくはありません。
「時代の変化を理解すること」と、「その進み方に納得すること」は別です。変化があると分かっていても、誰が利益を得て、誰が負担を背負うのかを問うことはできます。
AIを使った制作にも、過程の美しさはある?
一方で、AIを使う人にも、伝えたいことや試行錯誤があるはずです。構図を考え、何度も作り直し、候補を選び、手を加える。そこに創作としての価値はないのでしょうか。
自分が最初からするよりは少なくなりますが、美しさはあるんじゃないでしょうか。作るという分野にも入っていますし。
「AIを使った創作にも美しさがある」と認めることと、「自分がそれを好きになること」は、別なのだと思います。
これは、そのときの私自身の感覚です。AIを使った制作にもさまざまな方法があり、手間の多さを一律には比べられません。また、時間をかけた作品ほど必ず優れている、と言いたいわけでもありません。
大切なのは、何を作品の価値として受け取るかが、人によって違うことです。自分の手で描く技術に惹かれる人もいれば、発想や伝えたい内容に惹かれる人もいます。AIを使う側の工夫があっても、それだけで全員の好みや疑問が変わるとは限らないのでしょう。
「AIが嫌い」の中には、違う理由がある
ここまでの話から、嫌悪の理由を次のように整理しました。これは対話から考えた見方であり、理由の多さや順位を調べた結果ではありません。一人の中で、複数の気持ちが重なることもあると思います。
- 01好み絵柄や動きが苦手
- 表情や動きに違和感がある、似た印象の作品が続いて飽きるなど。AI作品すべてが同じ表現ではありませんが、見た目への好き嫌いはあり得ます。
- 02公平さ学習元や利益への疑問
- 元になった作品や作者が、どのように扱われているのか。了承や対価について納得できない場合、完成品の美しさとは別に反発が生まれそうです。
- 03生活と積み重ね仕事や評価への不安
- 身につけた技術が評価されなくなる、自分への依頼が減るのではないか。創作が生活や自分らしさと結びつくほど、変化の重みも増すかもしれません。
- 04信頼だまされたくない
- 実際の出来事の映像や、人が描いた絵だと思っていたものが、そうではなかった。何を見せられているのか分からないことへの不信です。
- 05見る環境見たい作品を探しにくい
- 似た投稿が大量に表示され、好きな作者の作品が埋もれるとしたら、不満の対象は一枚の絵の出来だけではないでしょう。
- 06人への態度創作者を軽く扱う言い方
- 例えば「もう絵を描く人はいらない」と言われたら、技術の便利さとは別に反感を持つ人もいるでしょう。これは説明のための例で、特定の投稿の引用ではありません。
相手に理由を聞かず、「嫉妬しているだけ」「AIだから何でも否定する人」と決めつけることは避けたいです。同時に、AIを使っているという情報だけで、その人の制作や人格まで否定することにも慎重でありたいと思います。
研究は、この疑問にどんな手がかりをくれる?
対話の内容を、別の角度から確かめるために、作者表示の実験と、芸術家・メディア利用者の調査を確認しました。それぞれ対象も問いも違うため、一つの「AI嫌悪率」としてまとめることはできません。
本記事では、Xの投稿の集計や、AIを嫌う人への取材は行っていません。以下の資料も、今回見かけた炎上の原因を直接説明するものではありません。
作者についての説明が、作品の評価を変えることがある
Bellaicheらは、AIが生成した30枚の絵に「人間が制作」「AIが制作」という表示を、参加者ごとにランダムに付けました。人間が作ったと説明された方が高く評価され、最初の実験では、美しさや好みより、深みや価値の評価で差が大きくなりました。続く実験でも、人間作の表示を好む傾向が確認されています。[1]
この結果は、作品の評価に見た目以外の情報も影響し得ることを示します。私は、人が作品とともに、その背景も受け取っていることを考える手がかりになると感じました。
ここまでは言えません:絵の評価の差は、そのまま嫌悪や攻撃の強さを意味しません。日本のXで起きる炎上の理由を直接調べた実験でもありません。
作り手の懸念には、透明性や仕事の問題もある
Lovatoらの調査では、学習にどの作品を使うかを明らかにすることや、創作者の仕事、誰が作品から利益を得るのかについて、懸念や意見が報告されています。作り手の反発を、美しさへの好みだけでは説明できないことを考える材料になります。[2]
対象に注意:芸術家459人への調査です。芸術家全員の意見や、一般の人がAIを嫌う割合を示すものではありません。
AIを「どこに使うか」でも受け止め方は変わる
IpsosがBBC向けに行った調査では、制作の補助としてのAI利用への受容と、人間の創作や判断の置き換えへの反発が報告されています。ニュースでは、誤情報や信頼への懸念も見られました。[3]
範囲に注意:2025年4〜5月の英国のオンライン調査と、6回のオンラインワークショップに基づく報告です。2026年2月に公表された紹介記事を参照しました。日本のSNS全体へ、そのまま当てはめることはできません。
これらを踏まえても、「AIを嫌う人は、みんな同じ理由を持っている」という結論にはなりません。作品の好み、制作の背景、使う場面を分けて考える方が、対話の出発点として役に立つと思います。
最初に「AIで作りました」と表示すれば解決する?
理由がいくつもあるなら、使う側には何ができるのでしょうか。私はまず、AIを使っていると最初から伝えることを考えました。
解決策はやはり最初から掲示したり、AIを使ってるので〜と一言入れることなんですかね。
表示の役割は、見る人が事情を知って、受け取るかどうか選べるようにすることでしょうね。
表示によって伝えられること
AIを使った画像なのか、実写なのか。全部を生成したのか、一部だけ使ったのか。見る人が判断するための情報を渡せます。
表示だけでは解消しないこと
学習元への疑問、仕事への不安、絵柄の好みなど。「AI使用」と書くことで、すべての問題がなくなるわけではありません。
例えば、画像全体を生成した場合には、次のような説明が考えられます。
この画像は生成AIを使って制作したイメージです。
背景だけに使ったなら「背景の制作に生成AIを使用しています」など、実際の範囲に合わせます。表示の場所も、見る人が気づける位置を考えたいです。
表示しても、好みが合わず離れる人はいるでしょう。それも選択の一つです。相手に好きになってもらうことまでは求めず、何を見せているのかを伝えることを大切にしたいと思います。
AIは包丁と同じ? 使い方を考える
サイトを運営しながらAIを使っている私の中には、もう一つ、軸になる考えがあります。
AIは使い方次第で善悪両方できるってところです。包丁と同じですね。だからAIを使う人が、迷惑をかけない範囲で、娯楽や人の役に立つようなことに使うべきなんじゃないかなって。
包丁との共通点は、使い手の目的や配慮が問われるところですね。ただ、AIでは学習元の扱いや仕組みの設計も関わるので、開発・提供する側にも責任があると考えます。
AIによって、自分では形にできなかった発想を表現できることには、楽しさがあると思います。誰かに役立つ説明や、分かりやすい資料を作る用途にも、価値を感じます。
ただ、包丁のたとえだけで「使う人が気をつければ、すべて解決する」とまでは言えません。学習元をどう扱うか、どんな仕組みで提供するかは、利用者だけで決められることではないからです。使い手の配慮と、開発・提供する側への問いかけを、両方持ちたいです。
「好みに合わない」と「害を与える」も分けたい
ここで難しいのが、「迷惑をかけない範囲」をどう考えるかです。AI作品が好みではない人がいることと、誰かをだましたり、本人を装ったりして傷つけることは、同じ問題ではありません。
一方で、不満を「ただの好み」と決めつけるのも避けたいです。無断で使われたと感じる作品の扱い、表示の分かりにくさ、大量投稿など、具体的な問題があるなら、その中身を確かめる必要があります。
作者の作風についても、影響を受けて学ぶこと、特定の人に似せた代用品を狙って作ること、本人の作品と誤認させることは分けて考えたいです。私は、他の作者を代替可能な存在として軽く扱うような使い方には、慎重でありたいと思っています。
AIを使う側として、大切にしたい4つのこと
ここまでの対話から、私が今後大切にしたいことを整理しました。誰にも嫌われないための方法ではなく、使う側として考え続けたい方針です。
- 何にAIを使ったかを、実際の範囲で伝える必要な場面で、画像・背景・文章の下書きなど、見る人が判断するための情報を添える。実写や、実際の記録と誤認させる見せ方を避けたいです。
- 他の作者や、積み重ねてきた技術を尊重する特定の作者の代用品を狙ったり、「人はもういらない」と軽く扱ったりせず、制作の背景にも目を向けたいです。
- 楽しさや役立つ内容に、使う目的を置く自分が表現を楽しめるか、読む人に必要な説明になっているか。作りやすさだけでなく、届ける内容の価値を考えたいです。
- 具体的な問題を指摘されたら、確かめて直す最初から影響を完全に見通せるとは限りません。「AI使用と書いたから問題ない」で終わらせず、指摘の中身を見て、必要なら修正する姿勢を持ちたいです。
人の積み重ねを尊重しながら、AIを楽しさや役立つものにつなげて使いたい。
AI作品への嫌悪を考えてみると、作品の見た目だけでは分からない気持ちや問題があると感じました。その背景を想像することと、AIを使った創作の価値を認めることは、両立できると思います。
「AIを使ったか」という一点に加えて、何を作り、どう届け、人をどう扱ったか。私は、その部分を自分の使い方でも問い続けたいです。
参考資料
- Bellaicheほか(2023)|Humans versus AI: whether and why we prefer human-created compared to AI-created artworkCognitive Research: Principles and Implications, 8, 42。AI生成の絵に付ける作者表示と、その評価を調べた研究。本文の実験方法・結果を確認。
- Lovatoほか(2024)|Foregrounding Artist Opinions: A Survey Study on Transparency, Ownership, and Fairness in AI Generative ArtAAAI/ACM Conference on AI, Ethics, and Society。芸術家459人を対象とした調査。公開された論文概要に記載の対象・論点・結果を参照。
- Ipsos(2026年2月10日)|Generative AI and Audiences: Revisiting UK public attitudes to AI in mediaBBC向けに2025年4〜5月に行った英国の調査。公開紹介記事の調査概要と、用途別の受け止め方を参照。記事公表年と調査年は異なります。
資料の確認日:2026年10月30日。研究・調査の説明と、筆者の考察・使い方の提案は区別しています。

